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社会保険労務士渡邊智宏ブログ
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渡 邊 智 宏

昭和49年4月28日生まれ
血液型 : O型
外見 : 太め、でかい、ヒゲ
性格 : 温厚・・・な方だと
唐揚げとビールが大好物
座右の銘 : 行くに径に由らず


趣味

・ドライブ
愛車はマツダ・ロードスター

・読書
ノンフィクション
特に経済や歴史、生物学等

・プラモデル

・熱帯魚

 学生から社会人へ


平凡な学生時代

金沢大学経済学部に進学。 経済学部なのに西洋経済史という歴史分野を専攻し、あまり経済学を勉強せず過ごす。 ほどほどにバイトしつつ、ほどほどに勉強する毎日。平凡と言えば平凡だが、毎日が楽しかった。

就職氷河期と言われ、厳しい雇用情勢の中、何とか一社、大手の宅配業者で内定をもらい、どうにかこうにか社会人デビューを果たすこととなった。

 1日16時間勤務、100日連続出勤! 耐えるべきなのか?


体力的にはキツイけど、楽しい職場

キレイなデスクで華麗に働く自分を想像していた。が、現実は全く違った。 運送業者の現場では、とてもキレイとは言えない職場の中を汗みどろで走り回る毎日が待っていた。
しかし仕事に不満はなかった。 カッコイイ仕事ではなかったが、職場の仲間は良い奴ばかりで、一緒に汗を流すことは楽しかった。

「労働基準法」?うちは適用除外だ!

ところが、現場を離れ、スタッフ系に職場が変わってから様相が一変する。 現場のアットホームな雰囲気だけがなくなり、厳しい労働環境だけがあらわになった。 そこは労働基準法、治外法権の地。
1日の睡眠時間は2、3時間。3ヶ月間1日の休みもなし。そんなあり得ない日々が続く。
このひどい経験がその後の人生に大きな影響を与え、社労士を目指すきっかけになる。

身体が壊れるのが先か、心が折れるのが先か?

やがて睡眠不足と慢性的な疲労に心身ともに耐えきれなくなり退職を決意。 そして2001年8月6日午前7時30分。退職届を提出。4年半のお勤めを終えた。
退職を決意したあの日の光景と、その時感じた無力感は今も忘れる事はできない。

 年収100万円からの出発 起業したらがむしゃらに働け!


時流に乗って、IT・1円起業!ところが・・・

かつての同僚に誘われ、4人で起業することとなった。1円株式会社が流行っていた時代だった。
IT業者と組んでSEO(検索エンジン対策)の営業販売をする会社。そこで営業以外の事務手続全般を任される、予定だった。

わずか数ヶ月で破綻!

しかし、数ヶ月後、組んだIT業者に技術的問題があることが発覚し、提携は解消。売り物がなくなってしまい会社は迷走を始める。
悪い事は重なるもの。同じ頃、社長の不正経理事件が発覚し、わずかな軍資金を使い込んでいたことが解る。
結果、社長は更迭。もう一人も会社を去って行き、二人だけが残される。

どん底からの出発

残された2人には、お金は勿論、やるべき仕事すらなかった。 会社を清算しようかという案も出たが、なんとか歯を食いしばって堪え忍び、再起をかけてホームページ制作技術習得。 時間も金もない中でのこと、実戦経験を積むことで技術を積み上げていくしかなかった。

無我夢中

何しろ技術の裏打ちもないのにお客さんからお金をいただいてホームページを作るのだ。 できあがってみるまで本当に言った事ができるのかどうか心配で心配で夜も眠れない。 文字通り夢の中でも一生懸命仕事のことを考えていた。

そこで得たなにものにも代えがたい経験

あの時の切羽詰まった緊張感はとても恐ろしかった。 が、できあがった時の達成感、そして何より自分のやりたい事を仕事にできる自由な感覚。 まさに自分が自分のために働いていると実感できる、とてつもなく充実した日々だった。

 「メンタルヘルス?やる気がないんだ!」は間違いでした


仕事ごと売り飛ばされて・・・、燃え尽き症候群?

なんとか食っていけるぐらいには軌道に乗ってきたホームページ事業だったが、再び危機に瀕することになる。 相棒とすったもんだがあり、事業ごと自分も含めて馴染みの企業に営業譲渡されてしまったのだ。
無我夢中でやっていたホームページ事業がある日突然人手に渡ってしまった。 その上、ただの社員となったので経営の心配からすっかり解放されてしまった。
楽と言えば楽だが、自分の中の大事な何かがすっかりなくなってしまった事が解った。

やがてウツ病に

ただ漫然と仕事をこなす毎日が続いた。新しい会社での仕事はとても楽だったが、人間関係などで苦労もした。 ある日、二日連続で病欠した。 その翌日出勤すると、社長が今すぐ心療内科を受診しろと迫ってきた。 鬱病と診断された。その後半年くらい勤務を続けたが、病状は悪化の一途。医師より勤務不能を言い渡された。

闘病の日々

起業時代の過労の反動。新会社での人間関係。燃え尽き症候群。
考えつく理由は沢山あった。何が理由かは今もってわからないし、多分全部が理由なのだ。
ゆっくり休めば半年で治るだろうと思っていたのだが、回復の歩みはとても遅々としたものだった。 それでも3年が経った頃、ようやく症状も安定してきた。そろそろ社会復帰を考えようと言うことになった。

 ブラックな職場をなくしたい!経営者のために


再起をかけて社労士取得!

今度は自分がやりたい仕事、世の中のためになる仕事をしようと思った。長い闘病生活を支えてくれたのは家族であり、社会でもある。 社会的な意味のある仕事で恩に報いようと思った。
翻って自分の経歴を洗ってみた。何ができるのか。何をしたいのか。
自分が何に興味を持っているのかと言うことを振り返って見ると、そこには「労働問題」と「経営」のせめぎ合いがあった。
ならば社労士になろう。社労士になって労働問題を根絶することこそが自分の夢だ、と。

それから1年、懸命に勉強し、なんとか資格を取得出来た。 資格を取れたことで先に道が拓け、同時に社会復帰に対しての大きな自信ともなった。

会社を守ろう!

労働問題には常にグレーゾーンの問題がつきまとう。だからこそ専門家たる社会保険労務士が必要になる。
労働者の権利意識の向上に伴って、法律的なリスクを知らずにいると大変な事になる時代がやってくる。 ちょっとしたことで訴えられる世の中が来るかもしれない。 就業規則をはじめとした会社のルールがちゃんと法律に違反していないか今一度チェックする必要があるのだ。
そして、まずは「会社」ありき。
社員が口を開けて上を向いていれば良かったと言う時代は終わってしまった。 今の世の中の状況では会社を守らなければ社員も守られないのだ。

心に響く社労士

しかし、それだけでは足りない。 いろいろな会社でいろいろな困りごとがある。それらは全て、必ずどこかに特別な事情があり、それぞれの状況がある。 それらについて、経済的に納得できることは勿論のこと、人間としても納得できる解決、その解決へのお手伝いをしたいと思っているのです。

これからますます昏迷を深めていく日本経済にあって、何よりも大事なことは沢山の会社を守る事だ。 それがひいては労働者の立場の向上にもつながる。

そういう想いを込めて、社会保険労務コンサルタント渡辺事務所は「会社」を守る事に全力を注ぎます!


社会保険労務コンサルタント渡辺事務所
社会保険労務士 渡邊智宏

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